日本が自動車生産高世界第2位を築いた1970年(昭和45年)に開発をスタートしたのがシビックであった。 『世界のベーシックカーとして、軽量、コンパクトでキビキビ走れるもの』をコンセプトとして、1972年(昭和47年)の7月にはシビックの2ドア、 同年9月には3ドアハッチバックがデビュー。「CIVIC=市民の、都市の」を意味する車名のこのクルマは、マン・マキシマム(居住空間の充分な確保)、 ユーティリティー・ミニマム(最も効率の良いサイズ・性能、経済性)の思想を盛り込み、当時の日本では珍しい"2ボックススタイル・台形ボディ"と 前輪駆動(F・F)を採用し、シビック独自のスタイルを生み出す要素となった。

 当時の日本の乗用車は3ボックス(トランク付きスタイル)の後輪駆動(F・R)が主流の時代であり、トランク部分をもたないシビックのスタイリングに 対する認知度は決して高くなかったが、専門家などを中心とした強力な支持を得て、徐々に大衆層にも受け入れられたのである。そして、1973年(昭和48年)には、 米国で1970年(昭和45年)に発効したマスキー法(排気ガス規制)をクリアするために開発されたCVCC(複合過流調速燃焼)が発表された。

 CVCCエンジンは、本田宗一郎社長の「四輪の最後発メーカーであるホンダにとって、他社と技術的に同一ラインに立つ絶好のチャンスである」という発言のもと、 新たなチャレンジとして開発が進められていたものであり、希薄燃焼方式を採用することで、後処理装置を使用することなく、 技術的に困難といわれていたマスキー法をいち早くクリアして、世界の注目を集めた。

 同年12月、このCVCCエンジンを搭載した「シビック・CVCC」がついにデビューし、1974年から4年連続して米国EPAでの燃費一位を記録するなど 低燃費とともに低公害車の評価を受け、日本をはじめ米国市場においてもシビックは高い人気を得て、その名の通り世界のベーシックカーに成長したのである。
CVCCエンジンの燃焼室カットモデル(1973年)
副燃焼室と主燃焼室に分けられたシリンダー内にそれぞれ別系統で濃度の
違う混合気を供給し、燃焼を高めることによりNOxやCO等を低くおさえた。


CVCC型水冷直列4気筒エンジン